さよなら宇高連絡船

女木島から戻った時、ちょうど海の新幹線といわれたホーバークラフトの終航式が行われ最後の上り便が出発しようとしていた。

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今になって思い出したのだが、この日は朝から祖父を岡山駅まで送りに行った。そのときにホーバークラフトに乗っている。
記憶とはあいまいなものである。別に私が融通をきかせたとか忖度とか・・・関係ないからあいまいでもいいのだが。
その後、女木島に渡ったようだ。

1988.4.9 高松桟橋

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そのあとは赤灯台の堤防へ。たくさんの人々が最後の姿をみようと来ている。伊予丸がでていく。

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港の外で行き違いの阿波丸が入ってきた。

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しばらく堤防にいた。こんな写真も撮りたかったんだろうか・・・。

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いよいよ最後の時がきた。JR四国主催の終航式・・・終わったあとでした。

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そして私は定期上り最終便「阿波丸」には乗れず、その後の臨時便「伊予丸」で宇野に向かう。最後の往復だ。

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ところが宇野について一旦下船すると、折り返しの「伊予丸」は定員いっぱいで乗れない。
どうしたものかと思案していると、さらに臨時の臨時の正真正銘の「最終便である讃岐丸」が入ってきた。
この半年の間は今後も観光船として残るために、リニューアルのためドッグ入りしていたので乗船機会がなかった讃岐丸の登場に歓喜あふれたきた。

日付も変わり瀬戸大橋の開通日になっていた宇野桟橋 

1988.4.10 AM 0:10

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最後は念願の讃岐丸で「さよなら」出来たことに感激でした。

1988.4.10 AM1:30

このあと瀬戸大橋線の開業まで約3時間。高松駅は1番列車に乗ろうとする人々でいっぱいでした。
私はそんなことはせず、今度は宇高(うたか)国道フェリーで仮眠するため宇野を往復した。
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「さよなら宇高連絡船」から30年

宇高連絡船の終航から今日で30年。いよいよ瀬戸大橋の開通を目前にした前日。
その日は高松の駅前旅館で目覚めた。

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とりあえず朝から高松桟橋へ。伊予丸の出港を見送りに。すでにたくさんの乗客の姿があった。

1988.4.9 高松桟橋

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そして私も次の便に乗るべく乗船場へ向かう。この便もたくさんの人が集まっている。

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私の乗ったのは土佐丸。この船で宇野を往復した。天気は晴れ、そして暖かい航海日和だ。

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折り返して高松に入港の前に阿波丸と行き違った。あちらには「ありがとう阿波丸」の横断幕がついていた。

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午後からは高松対岸の女木島に渡った。ここで最後の勇姿を見ようと思った。ここは鬼ヶ島伝説が残る島だ。

1988.4.9 女木島

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宇野から高松に向かう連絡船。午後になりかなり霞んできた。連絡船の周りは名残惜しむ伴走の船が。取材のヘリコプターの姿もある。その向こうには瀬戸大橋が霞んで見える。

1988.4.9 女木島から

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少し下がった女木島灯台にやってきた。ここでは島の小学校の校長先生とPTA会長のふたりが「連絡船名残の宴」の真っ最中。
こんな別れもあるのだと関心していると、仲間に引き入れられ一緒にビールを頂くことになった。楽しい思い出が一つ増えたのは間違いない・・・。

高松港の外ではちょうど僚船のすれ違いが見れた。さよならのムードが高まってきた。

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少し日が傾きやや西側に目をやるとこの地方に多いポヨンともったような山(何山だろう?)と金比羅山(右)が見えていた。

1988.4.9 女木島から

この後、ほろ酔い気分で高松に戻った。


阿波丸と備讃ライナー

1988年3月、瀬戸大橋開通もあと1ヶ月となった。またまた連絡船の撮影や乗りに訪れた。

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朝から寒空だった日か空も鉛色。風も強かったようだ。高松を出港した阿波丸は宇野に向かう。
ちょうど入れかわりに大阪弁天埠頭からのジェットホイルがやってきた。

1988.3.7

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こちらは連絡船名物の「さぬきうどん」。こんな寒い日には体を温めてくれる。

1988.3.7 阿波丸

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宇野に到着すると備讃ライナーと対面。

1988.3.7 宇野

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こちらは当時の四国の代表が並ぶ高松駅。瀬戸大橋線開業前に121系や181系の塗り替えが始まっていた。

1988.3.7 高松

宇高連絡船 讃岐丸

1988 2 高松港

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