1994 スキー・スキー・スキー!!!

1994年の正月は1~4日は仕事。その後、職場の仲間と2泊3日の上越方面へのスキーに行った。
このツアーは職場の〇〇グループと言われるボス的な人が存在して開催されてる。乗務員ばかりの行動なので休暇と欠員の補充は11月くらいから内々で無断で調整してるとうわさされていた。

話はさかのぼり1992年の秋、お前スキーしなくていいから一緒に行こうと誘われた。「俺は海でジェットスキーしてるから」と断っていたが、ついにこの冬は行って見ようと決心した。寒いのは嫌だしスキーの経験は高校のときに1度だけ。30近いオッサン初心者である。しなくていいから・・・といわれても。。。でもその中には電車好きグループが7割を占めていたので、まずアフタースキーだけでもと行く気になった。

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ここは石打丸山のロッジ前。ここが常宿となっていた。まぁ想像なりのアフタースキーが楽しめた。この辺は3つのスキー場が頂上で繋がっていて3山共通リフト券というのがあった。何も出来ないまま頂上に連れて行かれ普段の倍返し以上に皆に雪をかけられた。スキー板を履いてしまうと皆が先生で自分はおとなしくするしかなかった・・・。と、それは最初の年だけ、この年からはそうはさせなかった。

1994.1.7 石打丸山スキー場

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山からの景色、晴れると眩しいが良い景色である。
この5日~7日のツアーは嫁も含め総勢20人くらいで自分らは藤沢の先輩と自分の車でいきました。最初の年は185系「谷川」で帰りは越後湯沢から新幹線だったのを覚えてる。

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そして2日だけ仕事して・・・。今度は三重の地元から2人の同級生が遊びに来た。特に予定もなく金だけ持ってるようだったので「夜行列車」に乗ってスキーに行こうと誘ってみた。返事は簡単な二人だった。
とりあえず上野駅で遭遇した「レインボー」。

1994.1.9 上野

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目的はこれ、583系のシュプール号。かなりリーズナブルな料金で利用できる。さらに夜行日帰りなので宿代もいらずお得である。
同級生のひとりはかつて山陰線長距離どん行824レを一緒に完乗したやつなので583系といえば二つ返事だった。
この頃、スキーは手ぶらでいける簡単なレジャーになりつつあり、すべてがレンタルできる便利な時代になっていた。当然目指すはガーラ湯沢だった。なぜなら帰路は新幹線が東京駅まで運んでくれるから・・・。

1994.1.9 上野

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これはガーラ湯沢の山頂かな見た東側ですね。奥の山はどこだろう? この前後に共通リフト券で隣の山にも行ってる・・・はず?

1994.1.10

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帰りのゴンドラ。この下には新幹線が待ってます。一気に東京、そして東海道線に乗り換え帰宅した。

1994.1.10
翌日は3人で箱根十国峠に。中学のときの修学旅行で行った所へ再訪。その後、伊豆の河津七滝温泉に行ったり、白浜方面にドライブ。
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EF64 1000台の夜行列車


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