大曽根浦のキハ

最近は仕事で行くようになった大曽根浦。あまり今も変わりない感じだ。

大曽根浦

絹目プリントからスキャンしたらこうなった。キハ45×2とキハ35×2の4両編成。どこに乗るかはお好みで。

1984.2 328D (14時すぎ) 大曽根浦

大曽根浦2

走りだしたら、もう一丁!!
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記念すべき1枚!!

当時、科学の先生が理科室に現像室を造った。自分で撮って自分で現像していいぞ。
薬品や印画紙は先生が出してくれた。

125れ

自分で現像できるとあってやり放題。だからこんな角度にしたのだと思う。それにしてもフイルムは傷だらけの天使!!

1979.7 125レ 船津~相賀 

こりずに湯川

なぜか関東在住の自分がどっぷり湯川にはまってる。ぬるま湯から出れない状態が続きます。

湯川3

これは当時の自動プリントのせい。撃沈じゃありません。

1985.2 湯川  

湯川4

今度はホーム反対側へ・・・・。

湯川5

見た目は12系長編成のプッシュプル???

湯川6

おまけです~~ぅ!

湯川大撃沈!!

湯川駅、当時は普通列車どおしの行き違いがあった。いまもあるようだが・・・。

湯川

なにがどうした、手元が狂ったか、それともこれが自分の力か・・・。

1985.2 湯川

湯川2

次の日は晴れた。今思えば、こんなところで撮ってる場合じゃない。なんて思うのも今だから。当時の自分はこれで良かった。

1985.2 湯川

DD51 1043

国鉄時代の亀山区には試験塗装とかの名目で白帯が省略されたカマがあった。
1041.1043の2両で後に岡山から転属してきた795が加わり総勢3両のがっかりカマ(自分的)だった。

IMAG1145.jpg

この日は原付で大泊から311号線をぶ~らぶら。時間は大体のうら覚えで撮りに行ったようだ。

1985.9 二木島~新鹿 

IMAG1148.jpg

しかし国鉄末期、そしてJRに継承される頃になると795.1041号機は廃車。そしてこの異端児が脚光を浴びるようになったようだ。
私的にはいつまでもがっかりガマのイメージがある。
そして近年は標準塗装に戻され、なんと本州の西のほうに行ってしまった。
さらに最近では「やまぐち号の旧型客車風新型客車」の試運転なんかの先頭に立ってることもあるようだ。
元亀山機関区のDD51が今なお現役というのは今となっては嬉しい限りです。
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ただいま準備中・・・いつまでも準備中。

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