東京マラソン 2017

いつの頃からか「東京国際マラソン」ではなく「東京マラソン」になっていた。

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ちょうど総武中央緩行線の上り電車が飯田橋に停車したときにパチリ。
華やかでありみんな元気だ。地味な色が少ないように見えてしまう。

2017.2.26 飯田橋
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ふっとわいた3連休

私のはたらく同業社が不祥事を起こした。今年度、この種の事故が6件目。つい3日前にも同じような事故がおこったばかり・・・。
ついに総元締めが作業中止を申し渡した。関係なくても全体で緊急事故防止会議をせよとのこと。

そこにふっとわいた3連休。ただただ自宅で引きこもる必要もないから「紀州鉄道」に行こうと決めていたのだが・・・。

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2月24日、早朝栃原から320Cに乗り込み多気に到着。反対側の亀山行きには乗らず、しばらくキハを眺めていた。

2017.2.24 多気

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青春18きっぷはまだ使えない。だから普通に乗車券を買い快速「みえ」に乗ることに。

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途中、海老蔵川にマニアの姿があった。ちょっと気にして富田通過。JR貨物最後の未更新853号機がいた。後ろは更新機。こんな重連でももうマニアの皆さんにはいいネタなのだろう・・・。

2017.2.24 富田 みえ2号から

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名古屋からは新幹線に。こだま号は15番線と頭の中で決めている。やってきたのはN700系それも「A」。ラッキーと思いきや「のぞみ」だった。自分の乗る「こだま」はこのあとだった。

2017.2.24 214A 名古屋

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なんと自分の乗る「こだま」は14番から。昔なら「ひかり」ホームだ。びっくり・・・!!
それに14番線にはひかり号の食堂車の遺産である排水設備が、まだ残ってるのをやっぱり確認してしまう。

2017.2.24 638A 700系

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0系新幹線のスピードメーターアプリは260km/hを振り切った。

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近い将来、引退が来る700系。まぁ今日が最後の乗車になるような予感。

2017.2.24 638A 豊橋

後半へつづく・・・

新緑の龍門の滝

去年5月になりますが真岡鉄道のSLの間合いにひとっ走り!!

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前夜降った大雨の影響で大濁流。普段なら少ない水でしょうが多少綺麗だったかもしれませんが、これはこれでよし!
5月のさわやかな風と綺麗な新緑に滝のマイナスイオン(濁)に体を癒されました・・・。ホンマかいな?

2016.5.4 烏山線 大金~烏山

勝浦市


勝浦といえば和歌山県の那智勝浦町か千葉県の勝浦市をうかべるだろう。
徳島には海から離れた場所に勝浦町というのがある。

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ここ千葉の勝浦市は太平洋に面した南東側。漁港でもあり雰囲気は那智勝浦に良く似ている。

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ここの商店街はまだ生きていました。

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漁港はこんな感じ。たまに三重や和歌山の船やトラックも来るそうだ。

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ちょっと分かり難いが「勝浦駅」は橋上駅。これは紀伊勝浦と同じです。当然直流電化。

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この駅名標を見ると千葉って感じですね。

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これは再登場。おまけ。
以前尾鷲のスーパーの店内に何か見覚えのある大きな写真が壁いっぱいに掲示されてました。なんと尾鷲なのにこの千葉の勝浦の漁港の写真でした。なんで尾鷲に千葉の勝浦が・・・て思ってましたが理由をきくこともありませんでした。
また若い頃、ツーリングに行って財布を落として、おばあちゃんに拾ってもらったこともありました。勝浦警察に引き取りに行ったときは房総半島1周に東京湾フェリーに乗ったりと、思い出深い町でもあります。南紀の勝浦とあわせて好きな町の一つでもあります。

八つ墓村

おなじみ映画「八つ墓村」。最初の萩原健一主演のやつではなんと金田一耕介は渥美清が演じる。どうみても寅さんである。
松竹の製作であるから「男はつらいよ」に登場する役者さんたちも登場したりする。

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しかしやっぱりここに登場した山崎務は迫力があった!! すごく怖かった。
ここは岡山県の山中にある広兼邸。何度か製作される「八つ墓村」に必ず登場する。

2010.5 新緑が綺麗だった

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ライトアップされると聞き、同じ日の夕暮れから再訪した。しかし自分のほかは誰もいなかった。

2010.5

吉野特急

東京から四国に行った帰り道に吉野に寄り道。一つ山を越えれば郷里の海岸側に出れるが・・・。

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ここはトンネルが見えるから大和上市かな。ちょっと記憶があいまいです。行き先は外側に付いていたのですね。

1992.10.3

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こちらは特急連絡用?ロープーウェイ。

1992.10.3 吉野山

雪の東海道本線

1984年は年明けからよく降った。紀伊号がなくなった冬である。

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当時はカメラを持ってなかったので同僚のを借りて撮ったようだ。
こんなに降ったり・・・・。

1984.1 大井町~大森

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こんな列車が走ってきたり。ゴハチの次位のマニは紀勢本線直通の「天2」運用車である。翌日25時間後には相賀駅に到着する。

1984.1 品川~川崎

CCF20170216_00000 - コピー

これは晴れた翌日かな。編成にKの文字が見えるので国府津電車区の車両のようだ。

1984.1 品川~川崎

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たまにこんな「荷」電も走っていたようだ。ダイヤなんか知らない。

1984.1 品川~川崎

馬込架道橋

名古屋から新幹線に乗り新横浜を出て多摩川を渡るとすこしづづ線路の位置は高くなり大田区品川区の住宅密集地帯を高架で走るようになる。
東海道新幹線はあとから作られたので当然、地上をそのまま走ることが出来ないからだ。この場所は以前から品鶴線という線路があり今は横須賀線電車や湘南新宿ラインの電車が通るようになった。ほぼその上に新幹線は作られたので品鶴線をまたいでいた道路などは新幹線がさらにその上を走ることになる。
この大田区馬込付近、都営地下鉄の馬込駅などもある辺りだが、片側三車線の天下の国道1号線もあり交差する環状7号線もある交通の要衝でもある。

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品鶴線を国道1号線が跨ぎ、その上を東海道新幹線が走る。
品川から鶴見川を渡るまではこの高架線や急カーブのおかげで速度は170km/hに抑えられる。もうそこは新横浜の手前だ。
こんなところでも東海道新幹線の時間短縮が制約されている。品川から川崎市内の府中街道あたりまで一気にトンネルを掘ると285km/hで走れるだろうか?

2015.12.31 東京都大田区馬込

上野発北浜ゆき

昨夜の報道ステーションの中で「夜汽車の風景」というコーナーがあった。昨年から何度か見ているが「夜汽車」という言葉には心を引かれる。想像するのは夜行列車なのだが、番組では夜の最終や最終近い時間帯の列車として生中継でおこなわれている。
当然、見入ってしまう・・・。

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1994年冬、スキーにもこっていたが夫婦で雪祭りや流氷を見に行くことにした。職場の上司であるS原さんも同行である(Sに原をつけたのはSが付く北海道好きの上司が2名いるからだ)。
上野から北斗星に乗り札幌をめざす。

1994.2.1 1レ 上野

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函館をすぎると足も遅くなり景色も雪に変わった。というよりは函館までは寝ていたからだ。青函トンネルも5回目だからさすがに起きている必要もないからかも。

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こちらはデュエット室内、Sさんは一人なのでソロかと思いきや一人なのでロイヤルを奮発していた。おかげでロイヤルに縁のない我が夫婦は我が物顔でロイヤルを堪能させてはもらったが・・・。1つの列車で2種類の個室を体験できたのは初めてだった。

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札幌からは特急「オホーツク」に乗り継ぎ網走まで。そこで目的地の北浜までは普通列車に乗り換えだ。
これまた階段を渡らなければならない。実に面倒である。

1994.2.2 網走

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乗ってきた列車はキハ54とキハ40の2連だった。昨夜の「夜汽車の風景」はキハ54の単行だった。
このときはぼろいキハ40にはあえて乗らなかった。

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でも、キハ40のほうをちゃんと撮っておきました(ホントかな?)。

1994.2.2 釧網本線 北浜

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北浜駅のホームからはお目当ての流氷が見えました。しかし海岸近くまで行きたくなるのが自分の性格だから、ラッセルしながら3人で流氷に大接近。このあと駅舎を利用した軽食&喫茶でいも団子を食べました。

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網走にもどって流氷観光船「ガリンコ」号に乗ろうと思っていたら天候不順で欠航とのこと、さらに夕食の為に入った地元魚料理店ではここ数日の悪天でカニが底をついてしまったと、なんとも運の悪さ。憂さ晴らしのため、3人で夜行「オホーツク」の発車時間前までカラオケボックスで時間をつぶしました。

1994.2.2 夜行オホーツク 札幌ゆき 網走

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昼も夜も頑張る働き者です。オホーツク海は悪天でもこの列車はよく翌朝の札幌までしっかり走ってくれました。

その後、S原さんと別れしばし「北海道グリーンペアきっぷ」で雪祭りやら、地味な観光を続けました。

雪中客車列車

1985年冬、会社の同僚と急行乗り納めに出かけた。上野発の新潟行き夜行「佐渡」で出発。
めぐり、めぐり奥羽本線の普通列車に乗り継いだ。行程はまたの機会に・・・。

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新庄から福島行きの428レ、ちょっと長い編成だ。途中の米沢で切り離しもある。

1985.2.25 428レ 奥羽本線 ?~?

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今日はじめて発見したのだが、雪国らしい雰囲気の乗客が写っていた。

1985.2.25 428レ 山形

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オハフ61も連結されていた。原番+2000は電気暖房、だから車内はめちゃくちゃ暖かい。もちろん蒸気暖房も使用できる。



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ただいま準備中・・・いつまでも準備中。

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