1987.3.31 あれから30年

30年前の今日、ついに国鉄最後の日がやってきた。当日は広島から早朝の「ひかり」で東京に戻り勤務終了。都内各所ではJR移行に向け準備やイベントが行われいた。午後からバイクに乗りぶらぶら走りながらとりあえず汐留にむかった。新幹線から蒸気機関車が見えたから。その形式を確認したかっただけ、、、
汐留を1周して、なんだC56かと思いそのまま第一京浜を大井の寮まで戻り昼寝した。
夕方からは国鉄最後の特番があったのを記憶している。
東京駅を出発する新旅客会社向けのイベント列車が寮の前を通過するのは普段のブルトレから計算して11分後と決め窓から見送った。
その日のメインは大鉄局がこの日のために復活させたマイテ49。西日本ゆきの列車、12系6連の後部につながれいた。
まさか蒸気機関車以外の展示車両が復活するなんて思いもせず、弁天町で見た以来の懐かしさも手伝い、この列車だけは線路際まで見送りにいった。

これが私の国鉄最後の日の行動です。
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エンゲリード

嚥下(えんげ)の意味をご存知でしょうか。簡単にいうと口から入った食べ物を食道に噛み砕いて流すという意味らしい。これが間違って気管のほうに流れ肺に入ると誤嚥(ごえん)といって、もしかすると肺炎につながるそうである。


そのため、喉の機能の低下した人とかが元の機能に戻すためにリハビリをし飲み込み訓練に使うやつみたいです。最初は体をやや倒した状態で重力を味方にして流しやすく訓練します。うまくいくようになると段々体を起こして流しこむようになります。
最後はほぼ直角(人間の普通のすがた)にして訓練するようです。
と同時に喉の筋肉を鍛えるカリキュラムもこなします。これがまた大変で、普通の人でもかなりハードと思えるような筋トレなんです。
今日も2個分を8口くらいで食べました。



こちは移った部屋です。窓からは夜景、手前にはベット。洗面所とトイレは部屋の入り口にあり共用で、車窓は動きませんがこの雰囲気はオロネ25の個室寝台より広いです。
な〜んて、考えるしかないです。

部屋の引っ越し

今日は病室の引っ越しがあった。体自体は元気になり手がかからなくなってきたのかもしれない。
場所はナースステーションから一番遠い部屋。ここは展望もまずまず!


わかりにくいかもしれないが、左下のほうにソメイヨシノのような木が見える。テレビニュースは一切見ないし、外の気温も気にならないから状況は知らない。天気予報なんて関係ないし。外の世界を自分から断ち切っているように思える。これではいけないのかな?
でもその桜が満開をむかえるにはもう少しかかりそうだ。

この窓からは日の出も見れそうだ。東のかなたに見えるのは伊勢湾の入り口に浮かぶ神島だろうか、、、

今日の夕食メニュー

食べれないのにメニュー見たってしょうがないのだが、廊下に張り出してあるから、つい見てしまう。


今日は鮪の山かけ。入院して手術前夜に食べた物と同じだった。その夜、深夜の病院内のコンビニで買った桜餅を2個たべた。
それ以来絶食で胃に栄養を流す生活である。あれから3週間がたとうとしている。



ここで今週の献立を一挙公開! (誰も興味ないかな?)

リハビリのメニューも少し増えてきた。これ普通の人でも簡単に出来るのか? と、少しきついものもありました。
今日は、小さい小さいカップゼリーを5回に分けて食道に流すことができた。

伊勢の夕方

現在入院中の病院は東西南北各所に展望所がある。そこを一周する廊下もある。
綺麗な夕方、一見瀬戸内の四国かと思った。画像右側が西になり、背中が伊勢湾だ。


高松あたりの夕方もこんな感じに思えた。高松の方がもっとビルが多いのだが、そこは伊勢。いろいろなものがありやはり三重県だ。こんな光景を見てるとなかなか捨てたもんじゃない。いつかまたブラブラしたい気持ちにもなった。
今日も単調なリハビリ自主トレの合間に、楽しい時間が過ごせた。ありがとうございます。

リハビリ自主トレの日々

昨日今日はとくに変わったこともなく、リハビリと自主トレーニングの日々です。
たかが食べ物が喉を通らないなんて、これまで想像したことすらありませんでした。



流動食の食後は長い廊下を歩行運動。部屋に戻れば喉の自主トレ。最初とは違った日々を単調に過ごしています。

所変われば、看板も...

最初の一枚目は昨年12月大阪環状線で撮ったもの。
大阪だからビールは神戸づくり。



そして同じ月、東京では横浜づくり。



所変われば看板もかわる。主役はビールか、嵐なのか?





そして季節が変わると桜が咲いて艶やかになる。

あ〜、口にほんの少しだけでいい。ビールを含ませたい!

今日の一冊「出雲 神々への愛と恐れ」

都内で若い女性がひき逃げされた。続いて特急「やくも」車内で男性が毒殺される。東京と山陰を舞台に事件が連続する。
最後は隠岐の島まで舞台は飛ぶ。まぁこんな話である。




今日はリハビリの先生から説明があった。食事ができるまでゆっくり時間をかけてやってゆくという。
計画書によると1ヶ月とか。最初にもらった入院計画では退院まで3〜4週間と書いてあり、状態により延期ありと記されていた。
こちらとしても長くて1ヶ月は覚悟しているが、個人差があるとはいえこれから1ヶ月もかかるとなると事態は変わってくる。
いまさらやめるわけにもいかず、リハビリを頑張るしかない。それにしてもこれではたまらない。
自分から言えば無責任な計画と思え、腹が立つ。

今日は「つばめ」

十津川警部か亀井刑事か、はたまた犯人にでもなった気分なのか。今日は九州に行ってきた。これで行った気分になるなら安いもんである。
この5月には慰安旅行があると同僚から連絡があった。それはそれで楽しみ。行き先は九州らしい!!



今朝は6時前から読み始めた。流動食だから食事中も読み続けることができる。しかし病院というのは時間割のように毎日やることがある。
朝の顔拭きタオルが配られたり、昔の近鉄特急か?!
今日は縫合箇所の抜糸があった、これでようやく一段落。午後からは食事に向けたリハビリも開始。と、言っても30分程度。喉付近の筋肉を鍛えるそうだ。2週間で喉付近はかなり硬くなっていた。いつまでやるのか未知との戦いがはじまった。

日々前進

昔、働いていた会社の社是の中に「日々前進」というのが一つ入っていた。
今日は待ちかねた喉の血抜き管が予定どおり撤去された。これでかなり楽になった。
それに平行して食べ物の食道への流れる検査も行われた。しかし結果はイマイチ。しばらくの訓練が必要との判定が下り、もうしばらくのの間だか流動食と付き合うこととなった。
でも今日は前に進んだ気がした。



昨日読んだのは、かなり古いが山陽路殺人事件。懐かしいことに昔乗務していたひかり号がいくつか登場した。今更ながら買っておいて良かったとおもった。あと宮脇俊三のは高校時代に読んでたやつの文庫版、もつ何度読んだことか。
もうひとつ「ひだ」は先日届けられた。ありがたいことである。それも今日読み終えた。
明日は九州にでもいこうか、、、
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DF50 34

Author:DF50 34
ただいま準備中・・・いつまでも準備中。

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